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モデルロケット製作と打ち上げ記事

自己紹介文

商品名モデルロケットと呼ばれる、安全な火薬で飛行するパラシュートつき模型ロケットは、1957年にアメリカの靴屋を営むカリソル兄弟が発明し特許をとりました、これが発明され商品化されるまで、、米ソの宇宙開発競争でロケットに関心を持った一般の人々が、自作ロケットを製造しようとして無許可で、危険な薬品を調合して爆発して多数の怪我人が出ました。しかし、モデルロケットエンジンメーカーが安全設備が整った工場でプロの技術で、プロの技術者が、厳しい品質管理で生産された高性能モデルロケットエンジンは子供でもルールを守れば簡単に操作できる電気点火方式、爆発しない安全に設計され価格も安く、世界共通規格品のカートリッジ方式のモデルロケットエンジンは、世界25カ国以上に輸出され世界のモデルロケット愛好家に支持され過去50年間で一度も重大な事故を起こしていません、少量の固体燃料で音速を超えて高度100キロメートルの宇宙まで飛行がアマチュアロケット家でも実現できました、日本では1990年9月からアメリカ製品が輸入され全国の模型店、おもちゃ店で販売され、モデルロケット愛好家が増え、全国にロケットクラブなどが結成され、モデルロケットエンジンの安全性が関係省庁に認められ規制を緩和する関係法令が日本でも平成7年に整備され、本物と同じ高性能のコンポジット固体燃料による打ち上げが、クラブや、学校で打ち上げられるようになりました。日本製品はありません、一番小さいパワーの1/2A型から巨大なパワーのP型(4万2千ニュートン・秒まで多品種生産され、モデルロケット愛好家の要望にこたえています.このブログは日本語のみならず英語、中国語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、韓国語、タイ語,イタリア語、ポルトガル語、インドネシア語、ギリシャ語デンマーク語で検索されています、モデルロケッの基本からコンポジットモーター、ハイブリット、ロケットエンジンまで初心者から上級者までが検索しています

興味のあること

●子供の時見た、米国のテレビドラマで祖父につれられてが山小屋へいった少年が、祖父の急病で倒れ、もっていたモデルロケットに助けを求める手紙を入れてふもとに向けて、発射したところ農夫が、発見し、救援隊が、山小屋にきて助かるというドラマでモデルロケットの価値を知り興味をもった●安全なメーカー製模型用ロケットエンジンを使って、それ以外は家庭にある素材で模型ロケットを自作して飛ばす下記の研究レポートです、 ●研究テーマ モデルロケット設計技術 モデルロケット製作技術 モデルロケット打ち上げ技術 モデルロケット回収技術 モデルロケット安全管理技術 モデルロケット多段式技術 モデルロケットクラスター技術 モデルロケット搭載物実験 モデルロケット飛行解析技術 モデルロケットテレメトリー電子技術 モデルロケットエンジン技術 液体模型ロケット ハイブリットロケットエンジン ハイパーモデルロケット 音速を超えるモデルロケット 競技用スポーツモデルロケット スケールモデルロケット モデルロケットランチャー モデルロケットランチコントローラ その他関連機器の自作 モデルロケット関連法令 モデルロケット賠償責任保険の担保 モデルロケットクラブ 子供モデルロケット教室 ●感激したこと、本物のH-2ロケットエンジンLE-7を自宅までトラックに載せて見せてくれたこと。製造中のH-2ロケットに直接手でに触れたこと、本物のペンシルロケットに触ったこと,日本で最初に許可をもらって大型モデルロケットの打ち上げができたこと、土居宇宙飛行士が自作のカッパーロケットを打ち上げてくれたこと、LE-7エンジンのとなりに自作モデルロケットが展示できたこと、ISTS国際宇宙会議など宇宙イベント会場、博物館、科学館、展示館で自作モデルロケットが展示、公開打ち上げができ評価されたこと ●悲しい出来事、1991年8月9日開発中のLE-7ロケットエンジンの加圧試験中の事故で、当時23才のロケット技術者金谷有浩(かなたにありひろ)さんが亡くなったことです。